Archive for March 2006

31 March

鼎にて。


「久しぶりに、会おうか?」
「うん」
 突然誘われて出かけるような私では無いのだけれど、その気になった。

 向かったのは新宿。紀伊国屋で書籍を4冊購入。うち、2冊は放っておいたら絶版になってしまいそうな気配がしたので、今のうちに手に入れておこうと、飛び入りの選択だ。何れもフランス文学。・・・今となっては古典と呼ばれるような代物ばかり。

 さて、待ち合わせは伊勢丹前。
 その人は後ろ向きで立っていた。
 駆け寄って顔を覗き込む私。
 すると、その人は、「あなたが走ってくるのが、ショーウィンドウ越しに見えた」と、笑う。

 3丁目の角を池袋方面に曲り、少し先の路地に入る。
 『鼎(かなえ)』は、そんな場所にある。
 午後5時、酒場に一番乗りするのが好きな私である。
 奥の方のふたり掛けに腰を落ち着かせ、生を注文。イカの丸干し(これは肝も入っている)、お漬け物という塩気にまぶされた口の中に注がれるビールは、春の味。緩やかに会話も進みはじめる。
 私は相変わらずビールを追加するが、その人は、芋焼酎『富乃宝山』を呑む。
「ほら・・・」といって、私に一口すすめてくれる。
 甘い味が広がる。
「美味しい!」
 その後、地鶏の竜田揚げ、筍と春の山菜の天婦羅、ポテトサラダなど分かち合う。最後におにぎりを食べて、〆・・・。
 そうして、気が着けば、もう、いい時間になっている。
 その人と過ごす時にお互いが思うのは、このような心づかい・・・

 Tell all the Truth but tell it slant・・・
 Success in Circuit lies
 Too bright for our infirm Delight
 The Truth's superb surprise

 「角を曲がったところで、また、会おう!」という気持ちで爽やかに別れる。

 ゆっくりぬるま湯に浸かった気分で電車に乗る。
 始発なので、座って発車。
 鷺宮・・・上石神井・・・と、そのあたりまでは読書をしていたのだけれど、その後の記憶が無い。

 気がつけば、東京から脱出していた私・・・。
 しかも、上りはもう終っている。
 自宅にいるルパンに電話する。
「迎えにいこうか?」と、彼。
「いいわ、タクシーに乗るから」(そうです、あなたは家でご自愛ください。夜の運転、わざわざしないで・・・だって、今日もあなたが外食しないですむように、私はカレーを作っておいたのですから・・・)

 タクシーの運転手さんは優しい声だった。
 私はぼんやり窓の外の暗い景色を眺めていた。・・・ああ、この道は、近道なのね・・・なんて思いながら、電車の中で沈没していた自分を少なからず反省したり・・・。
 が、その反省も何だか締まらないもの。というのも、私は目的地を言っただけで、道順を何ら運転手さんに伝えていなかったのだから。
 あら・・・? という間に、再短距離を過ぎていた。
「どこを曲がりますか?」と丁寧に訊ねられて、ようやく気づく。
「ごめんなさい・・・さっきの通りを曲がっていただきたかったんです」
「じゃあ、この先を曲がりますね」
「はい、お願いします」
 ああ、霧中・・・だわ、私。
 すると運転手さんが話しはじめる。
「この近くに○○という喫茶店がありますね?」と、運転手さん。
「ええ、あります」と、私。
「私は若い頃、その店に随分通ったんですよ。というのも、そこには競輪選手が集まりましてね・・・友人に、競輪の選手がいたんです。で、よく彼に誘われて行ったんですよ。競輪の選手たちって、その選手生命はは短かったりしますね・・・引退も、突然訪れたり・・・。私がこの仕事をする前のことでした・・・その店に集ったのは。・・・若かったんです。勿論、私は競輪はやっていませんがね・・・でも、あの店は、まだあるんですね・・・経営者は、変わってしまったんでしょうかね・・・?」と、静かに語る、運転手さん。
 そうこうしているうちに、その店の脇を車は走る。
「ここでしょ?」と、私。店はもう、閉まっている。
「ああ、ここです。懐かしいですね・・・」

 もう、我が家は数分である。
「お気をつけて」
「ありがとうございます」

 タクシーはUターンして、夜の静寂に消えていく。
 私は足取りも軽く、「ただいま」。
「はやかったね」と、ルパン。
「ああ、お腹すいちゃった!」

 そして、お風呂に入り、塩昆布とすぐきのお漬け物のお茶漬けをさらっといただく。

 ぬるま湯に二度も浸かった気分の一日である。
 が、そこに、きらっと煌めく稲光りのような瞬間も味わった。

 As Lightning to the Children eased
 With explanation kind
 The Truth must dazzle gradually
 Or every man be blind・・・

 ゆったりと丁寧にお話しましょうね・・・
 すべての子供たちが、稲妻を怖がらないように。
 真実は、ゆっくり輝くのが、望ましいの
 そうしないと、誰も彼も、目をつぶすことになってしまうから・・・


 And・・・

 そして、夜、乗り物に乗ったなら、決して居眠りをしないこと。

 どこに運ばれてしまうか、わからないのですから。

 だけど、そんな道草のおかげで出会う、素敵な道先案内人も、いるのだわ!

03:40:35 | mom | No comments | TrackBacks

26 March

『WONDER WALL』&『ALL THINGS MUST PASS』


 今日の心模様・・・曇り、後、晴れ、後、雨、後、曇り、後、晴れ。

 曇りは、食欲が無いのが理由。昨日はそうでも無かったのに、今朝はお腹が空いても、あまり食べられない。
 晴れは、ちょっと外出のついでにお買い物しちゃったのが理由。実際、本当に春らしい良いお天気の今日。我が家から駅へ向かうと、その界隈は、桜を愛でる人たちで賑やか。花びらより濃い色をした蕾は、青い空のプリント模様。この季節ならではの、空の表情に足取りは軽くなる。春物のコートを羽織り、心も軽い。
 それなのに、帰宅して、雨・・・この理由は、秘密。
 で、また、曇り。それはやっぱり、ごはんが美味しくないから。
 だけど、日が暮れれば、再び、晴れ。

 そんな晴れ気分の夜、愛猫ロンドンとゴロンとしながら映画を観る。
 『WONDER WALL』、1968年イギリス映画、監督はジョー・マソット、音楽はジョージ・ハリソン。少し前にDVDを購入し、すでに一度観ているのだけれど・・・ね。
 ・・・内容も音楽も、特にどうこう言う必要のある作品とは言い難い。でも、これを自分のモノにするのに30年かけた・・・と思えば、鑑賞の仕方に工夫でもしようか・・・という気になる。
 そこで、このDVDを、音声を消してセットし、同時にジョージ・ハリソンの『ALL THINGS MUST PASS』のCDを聴くことにするの。
 すると、凄いの! 
 あら”不思議”・・・あからさまに、ビデオクリップを観ているような雰囲気になれるというわけ。
 
 この『WONDER WALL』、野暮ったいコリンズ教授が自室の壁の穴を覗くと、向こう側には隣室の可愛い娘ペニー・レインの姿が・・・。驚愕しながらも、彼女が気になって仕方ない教授は、彼女の生活を見るために仕事さえ疎かにしてしまう・・・という愚かしいお話。滑稽ではあるが、かなりナンセンス。モンティ・パイソン的・・・と言いたいのは山々だが、”ひねり”があるわけでも無いし、阿呆さ加減で笑わせるというほどの力量も無い。ただ、ペニー・レインを演じる若きジェーン・バーキンの魅力を楽しむこと・・・が、せめてもの救いか。
 そんな映画を、私はこの年になるまで、ずっとずっと待っていたというわけ。

 しかし、この映像を『ALL THINGS MUST PASS』と平行させると、ぐっと楽しめる。だって、字幕はありますからね。
 ”MY SWEET LORD”、”WAH-WAH”と大好きなチューンが流れると、”ISN'T IT A PITY”に差しかかるわ。映画はそこで、コリンズ教授が壁の穴に気づき、ペニーを発見するシーンになるの。この曲のおかげで、このシーンがとっても印象的に変化するの(ジョージ・ハリソンには悪いけど、私には、この方が感動的!)。
 お話は、ペニーと恋人との絡みとか、サイケなスタイルで生きる当時の若者の自堕落な暮らしぶりがメイン。壁の向こうから見ているだけでは満足できず、とうとう彼女の留守に部屋に忍び込んでしまった教授。が、彼女が帰宅してしまう。クローゼットに隠れた教授。・・・ペニーは妊娠していたにもかかわらず、失恋してしまった(ああ、可哀想なペニー!)。そのあたりで流れるのが、”OUT OF THE BLUE”。ペニーが自殺しようと試みるシーン。薬を飲み、ガスの栓を開く。泣きながらベッドに倒れ込む彼女。・・・ところが、それを見事(?)に救った教授。その晴れやかなシーンの時には、音楽はまさに”IT'S JOHNNY'S BIRTHDAY”に変わる。”PLUG ME IN”、”I REMEMBER JEEP”や”THANKS FOR THE PEPPERONI”は、もはや映画に治まらないが、それでもDVDをそのままにしておいたら、映像が切れた瞬間にCDも終った。

 この瞬間、何だかとっても、スッキリしていた私。

 ロンドンはお気に入りの場所を行ったり来たりしながら、眠っている。
 この猫は、私が大きな音でロックを聴いていても、へっちゃら!

 『不思議な壁』の向こう側にいる女の子は、笑ったり怒ったり泣いたり・・・。

 細い躯をアラベスク模様にしながら・・・

 時々、眉間に皺を寄せながら・・・

 口をポカンと開けながら・・・

 目に涙を浮かべながら・・

 弾ける口許を大胆にほころばせながら・・・

 憂鬱に目蓋を曇らせながら・・・


 それが、見えるかしら・・・?

 そして、ALL THINGS MUST PASS・・・。

 明日がどんなお天気でも、私の心は、晴れるでしょう!

 What's on the other side of the wall?
 Did you ever wonder・・・



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24 March

自由の味・・・オランジェリーにて。


 最初は曇り空の朝だった。
 ジョジーヌ・バルサモは、ゆっくりと起き上がった。
 短い睡眠時間にもかかわらず、深く眠ったおかげで爽快だった。
 夢さえ見ない、親密な眠りなんて、珍しい。
 が、開けたままになっていた寝室のカーテン越しに屈折しながら差し込む光は、弱いくせに残酷だった。
 何故って、鏡を覗く彼女の顔に、容赦なく、陰翳を与えたからだ。
 ・・・ああ、小じわが増えているみたい・・・。
 
 しかし、午前中のジョジーヌは大抵、機嫌がいい。
 やがて薄日が射しはじめ、空に青さが広がってくる。
 ・・・失ったものは、取りかえす・・・ただ、それだけだわ。

 ”自由”という言葉が、頭から離れない。

 何を見ても、誰の声を聴いても、彼女の答えは、”自由”。

 追い求めることさえ忘れなければ、ダイスはいくらでも運を呼ぶわ。
 ああ、誰か、私に、”自由”の意味を教えて!
 いいえ、私は、”自由”のことなら、よく知っているわ!
 それでも、今日は、教えてほしい、手取り足取り、教えてほしい、”自由”の味を!

 ジョジーヌが憂鬱になるのは、昼下がりから逢魔が時になる頃だ。
 幸い、今日は、午後に客人がある。恐らく、役割を演じるだろう。
 ”自由!”と発言したくなるのを押さえて、普通の穏やかな人間のように振る舞うことだろう。

 そうよ、夜になれば、いくらでも、”自由!”と、吐き出してみることができるのだから・・・。

 そして、夜・・・

 アロマ・ポットにユーカリのオイルを数滴垂らし、キャンドルに火を灯す。

 ・・・冴える。

 以前、訪ねてからというもの、虜になってしまった、古風な門構えのレストランで購入した、小さなワイングラスに、特製の媚薬を調合する・・・

 赤ワイン、蜂蜜、カルダモン、ナツメグ、シナモン、お砂糖・・・。

 春の女神の接吻を受け、再び若返るなら、こんな媚薬を添えてみたい。

 すると、何処かから、こんな呼び声が聴こえてくる。

 ”つづけろ、ジョジーヌ。僕たちは素晴らしい道に入り込んだ。一緒に進もう。我々の手の届くところにある褒美を、一緒にものにしよう!”

 その声に、彼女は答えるの。

 ”過去は現在に、とほうもない財宝を残しているに違い無いわ。
 それを探そうとすれば、大いなる謎にぶちあたる。
 でも、これは必然なのだわ!
 解き難い謎なんて、無い。
 すべてこれ、必然の仕業なり”

 そして今、ジョジーヌはオレンジの園にいる。

 蒼白だった彼女の頬は、うっすらと染まって・・・。

 ああ、まるで、ヒッピー娘!


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23 March

昔、男ありき・・・。


 昔、男ありき。
 男の愛馬は、緑色のモンデオ号。長く連れ添った、愛馬である。

 それは数日前のことだった。
 深夜、帰宅途中の男は、愛馬の手綱を弛めた瞬間があった。ほんの一瞬のことである。男はただ、疲れていた。酒のせいでは、決して無かった。
 さて、緊張をなくした愛馬は、ただただ猛進していた。
 ・・・果たして、その時の男の見た夢は・・・
 ・・・ゲルマン民族がゴート族に突進していく歴史ドラマだったかも知れない。
 そして、力で勝利したのはゲルマン民族。
 だが、現実に勝利したのは、ゴート族だった。

 女は眠れぬ夜を過ごしていた。午前3時までは、いつもと変わらぬ夜を過ごしていた。
 が、午前4時を目の当たりにした頃から、何か胸騒ぎがしたものだ。そのまま彼女は1時間ほど起きていた。が、諦めて寝台に横になる。
 
 ・・・どれくらい彼女は眠っただろう? うとうとしながら聴こえたのは、門を開ける音だった。
 午前6時半だった。・・・おかしい・・・いつもだったら、馬の蹄の音で、必ず目が醒めるはずなのに、今日はあの蹄の音が聴こえなかった・・・。
 扉が開く音がし、男が荷物を置く音もする。・・・ゆっくりと階段を上がってくる足音も聴こえる。寝室の扉が開き、男の声がする・・・
「ただいま・・・」
 その時、女は思った。
 ・・・これは男の幽霊ではないのか?・・・と。
 女はすぐに察知した。何かあった。大変なことが、あったに違い無い。
「何があったの?」と、女。「おかえり」の前に口から飛び出した言葉だった。
「馬が死んだ」と、力無い男の言葉は、鈍く早朝の寝室の壁に反響した。
「馬鹿! あなたなんか、嫌いよ!」と、枕に顔を埋める女。
「でも、俺は生きてる・・・」
 女は寝台の上に居直り、叫ぶ。
「当たり前です!」と。
 そして彼女は思い出すのだった。・・・ああ、これに似た言葉を、昨年の秋口にも、耳にした事が、あったわ・・・。

 さて、女はもはや眠ってなどいられない。疲労した男に事情を聴きながら、ひとつひとつ自分の為すべきことを順序づけていく。
 まず、疲労し、胸を痛めた男を接骨院に行かせる。どうやら、骨に異常は無いらしい。しかも男はその晩、仕事が入っている。どうしても、穴を開けるわけにはいかない。気の毒に思いながらも、男を見送る。
 すると、馬ディーラーから、電話がくる。
「・・・早速ですが、新しい馬を御購入になる御予定は、ありませんでしょうか?」・・・人の不幸に乗っかる奴らである。が、それも彼らの仕事なのだろう。
「そうですね・・・モンデオ号と同じ馬は、今、お幾らかしら?」
「お客様の『馬保険』が50万ポンドほど降りたとして、それを頭金にして月賦ということになりますと、ややご無理がありますね・・・」と答えるディーラー。
 女はこの言葉に少々腹を立てる。・・・馬鹿にしてるわ!
 ・・・ふん!・・・私は相手の礼儀に合わせて人と交流することにしているの。だから、あなたの礼儀に合わせて、こちらも行動させていただくわよ、覚悟なさい!
「それでは、率直に申し上げますわね。そちらが100万ポンド値引きしてくださるなら、キャッシュで買います。いかがでしょう」
 3月は、決算期である。相手は商売がしたいはずだ。
「100万ポンドですか・・・」
「はい、100万ポンド」
 言っておくが、例え100万ポンド勉強したとしても、このモンデオ号、値段が無くなるような馬では無い。
「わかりました。こちらも考えてまたご連絡いたします」
「くれぐれも、よろしく」女は言い切った。

 午後8時、男が仕事に出かけている時間に、馬ディーラーが我が家を早速訪ねてくる。2006年の『馬ショー』の最新カタログを持ち、73万ポンドの勉強の印を表わした見積もりも添えてある。
「80いきませんかしら?」と、強きな女。
「わたくしどもとしては、これでも赤字なくらいなんです」
 赤字・・・?・・・赤字なんか怖がって、仕事なんて、出来ないわよ!と、内心思う、女である。
「お宅の馬だったから、彼は助かったのです。おまけに積んでいた商売道具も、一本の弦の狂いさえなかったのです。・・・考えたいですわね、このお話。でも、こちらとしては、古風なやり方ですが、キャッシュですの。だから、もうひとつ、何かおまけが欲しいのですが・・・。明日また連絡いただけますでしょうか? 私も一晩、考えたいのです」
「わかりました、では、明日」と、ディーラーは帰っていった。

 さて、現金である。これは、長い時間をかけて、女が準備していたものだった。
 幼い子供から、受験生までに、ピアノや歌、ソルフェージュを教えることで稼いだ貯蓄である。女はその中から、時に旅に出たり、友人と呑んだりしていたものである。
 が、男は、無事だった。しかし、 ドイツ製の愛馬を失った。男は珍しく、意気消沈している。不死身ではあるが、めげた様子である。しかも、忙しい。
 そうだ、こういう時こそ、華やかな空気が欲しいじゃないの!・・・こういう時に、地味なことをしたら、人生が野暮ったくなってしまう! ・・・こんなケースだからこそ、大胆に行動し、派手に振る舞うの。そうすれば、厄払いもできるだろう。厄・・・そんなものに翻弄される柄ではないわ! そんなもの、私は吹っ飛ばしてみせる! 何、大丈夫。ここでジメジメしていたら、つまらないわ! 華麗にやってしまいましょう! どうせ、私の稼いだお金だわ! ちょっと減るけど、へっちゃらよ! ・・・いつか、こういうことも、ある・・・と思って、準備していたものじゃない!

 で、昨日である。男は相変わらず仕事に出かけて行った。
 ディーラーは連絡してくる。
「で、どうでしょう? もしもお決めになってくだされば・・・これは店長からのメッセージですが、新しい馬をお届けするまでの代馬も無料でご用意させていただきますが・・・」
「あら! そうですか!」・・・代馬、欲しいわ・・・だって、男には、馬が必要なんだもの。
「それで、何とか承知していただけませんでしょうか?」と、ディーラーの声は、食下がってくる。
「はい、結構です。それなら、早速代馬をお願いいたします。モンデオ号ほどのものではなくてもよろしいですが、いつも馬検の時にお借りしている、フォーカスあたりがよろしいのですが」と、これまた強引を押し通してみる。
「わかりました。必ずご都合をつけます。夕方、代馬をお届けにあがります。その時に、御契約ということで、よろしいでしょうか? 何しろ、厩証明だけは早くとりたいものですから・・・」
「はい、お待ちしております」

 人生は、時に、後ろを向いていてはいけない。
 しっかりと悔い改めたなら、もう、明日を見なければいけない。
 神様だって、きっと、わかってくださる・・・と、自由論者な女は、ひとりごちてみる。

 辛い時こそ、華やかに、そして、決断も素早く・・・というのが、この女の流儀らしい。

 今朝、男は頭を打っていないか、検査に行った。
 幸い、何とも無いらしい。脳腫瘍も、無かったと喜んでいる。
 
 人騒がせな男である。

 この男、午後からは、名阪にツアーに出かけた。

 そう、あなたは、不死身でありさえすればいい。
 
 女は商談合意。書類にサインをする。

 ああ、これで、先に進めるわ!
 私の仕事は、3日で解決した。

 そう言えば、この家を購入する時も、細かいことは、この女が全てこなしてみたっけ・・・。

 やれば、出来るのね、小娘も。

 さて、今宵は”交通”ではなく、”嵐が丘”にいる気分になろうか?

 それとも、相変わらずの、メランコリー?

 昔、男ありき・・・ね。

 殿方の一方的な刹那には、どうも・・・参るわ!

 そして、スーパー400の夢は、儚くも、風と共に、消え去ったわね(苦笑)。


 注釈)100万ポンドは実際には1万ポンドとお考えください。何しろ、これは、ドラマですので。

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20 March

Dear Mr. Fantasy


 今朝も早起き。ルパンは10時半頃、家を出る。その後、私は洗濯掃除をさっさと済ませる。
 正午過ぎ、簡単にお味噌のおにぎりなど小さく結んで食べる(これには私の祖母の思い出がある)。
 それにしても、風が強い。急いでベランダに出て洗濯物をチェックすれば・・・あら、もうほとんど乾いているわ!
 と、そんなことをしているうちに・・・
 ああ、とうとう私を負かしに来た、花粉の奴!「へっちゃらよ!」は、昨日までのことだったかしら。

 それでも気を取り直して、お手紙をくださった方々に返信したり(軽井沢『断片』に好意を寄せてくださった方々、本当にありがとうございます)、少し前に購入した、ガストン・バシュラールの『夢想の詩学』をのんびりと読書する。バシュラールは、私が生まれる前の年に世を去った、フランスの哲学者である。哲学者にしては散文的な文章である。トーンが柔らかく詩的である。気合いを入れる事も無く、たらたらと読み進んでいくと、フランスの女流作家ジョルジュ・サンドのこんな文章が引用されている・・・
「昼は私たちの夜から一休みするために作られた。いいかえれば、白昼の明るい夢想は夜の夢から私たちを休息させるためにみられるのだ」
 この言葉が気に入る。で、昼酒など呑みたくなってしまうが、やめておく。

 さて夕食の仕度をしながら聴いていたのは、Traffic。もうかれこれ20年以上も聴いてきたが、時々私は、このTrafficな一日になる。最も好きなのは、この『Mr. Fantasy』かも知れないな。そうなの・・・食事の準備の手が止まる程・・・そうなの・・・”No Face No Name No Number”から”Dear Mr. Fantasy”に突入する時が好きなの。ええ、何方様も笑ってくださって結構よ(だけど、案外皆、好きですわよね?)! 
 この”Dear Mr. Fantasy”のギター・ソロが、大好きな私・・・。
 で、この曲を聴いて思うのは、あの”ハーメルンの笛吹き男”のお伽噺。・・・謎の男が突然現われて、子供達を連れ去って行ったという物語。

 ここでこの”ハーメルン・・・”のお話について少し・・・。
 溯れば、この伝説は13世紀末のドイツの街ハーメルンを騒がせた歴史上の事件が発端らしい。当時、西洋はネズミの多発に悩んでいた。それによって引き起こされた病気がペストだったりする。そしてそんな或日、謎の男がこの街にやって来て、笛の音とともに、ネズミたちを何処かに連れていった・・・という言い伝えがあるという。しかし、この物語には、他の脚色もあり、笛吹き男が連れ去ったのは、若い男女だった・・とも言われている。童話の世界で現代でも有名なのは、子供達が連れ去られたというストーリーではあるが、この伝説にも、歴史や地方色豊かな神話の世界が感じられる。
 そして小娘的な私には、この”Mr. Fantasy”と伝説の”笛吹き男”がダブってしまうのかも知れない。
 中世の時代、街とは、城を中心に造られ、それを囲む城壁の内部・・・という建設計画に基づいていた。洋の東西、都市とはそのような姿をしていたらしい。今思えば、それは小さく、閉鎖された場所だった。だから、その都市の外は広く、無法地帯で、暗黒の場所だったわけである。都市の中に暮らす人々は、そこで一つの小宇宙を形成していた。が、一歩外に出ると、そこは大宇宙である。何が待っているかわからない。そこへ出る者は、行商の族(つまり流れ者)や罪人(これは処刑場が外にあったためである)と相場が決まっていた。今日、西洋で旧市街と呼ばれている場所こそが、この中世期に最も密集していた城壁内で、大都市には、今でもその壁の名残りが見られる。
 ハーメルンの街も、そのような一般的な西洋の街だったわけで、その外部からやって来た不思議な男の音楽とともに、多数の人間が消えてしまったらしい。若い男女かも知れないし、子供かも知れない。・・・ネズミと考えるのは、一番歴史的な考え方だが、ロマンとして置き換えれば、西洋人の嫌うネズミより、人間の方が小気味よいか。ペストの流行も理由だろう。いつの世も、疫病が流行る時には、伝説が生まれる。このペストの猛威は、そもそも猫を悪魔、または魔女の使いとして教会が毛嫌いし迫害したためにネズミが急増したことが原因と言われているが、実際は何とも言えない。同じ時代、ここ日本でも疫病が流行って多くの人々が死んでいった。中世とは、そういう時代だったのだろう。

 そう、クリス・ウッドのフルートも心地よいTrafficである。S・ウィンウッドは夢の中の青年のように歌う。余談だが、米国から英国へ飛んで来た故リンダ・マッカ嬢(当時はイーストマン嬢)が英国の地で最初におつき合いしたのが、このウィンウッド青年だったとか、何んだとか・・・その後、ジェーン・アッシャー(ピーター・アッシャーの妹で現在も女優)と婚約を破棄したP・マッカ氏が、リンダと結婚したとか・・・。こんなお話をすると、ルパンは笑うのね。
「何でそんなこと、知ってるのさ?」と。
 ええ、10代のはじめの頃、皆、お勉強したことなんです。嘘か本当か知りませんが・・・それも、大抵、夜中に・・・(苦笑)。

 ”Dear Mr. Fantasy”・・・

 そして私は”No Face No Name No Number”な少女となって・・・

 やがて

 ”Mr. Fantasy”に連れ去られる”Mrs. Fantasy”になるべく、夢に溶ける時刻がやって来るわ。

 アジールにいた私は、安全と孤独を勝ち得ていた。

 でも、ここは現実。

 白昼の明るい夢想か、夜の夢か・・・

 ああ、そのどちらも、今の私は欲しいわ。


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