Archive for August 2006

31 August

青くてごめんなさい!


 サジタリアスのおかげで、「続・続・京都紀行」は、今宵はお休みなのです。明日はきっと、書けるから・・・ね、李早。
 '60年代の西海岸の弾けたお花畑サウンドが、久々に沁みてしまって・・・。

 どうしちゃったんだろう、私!?

 アルバム「プレゼント・テンス」の2曲目、”Song To The Magic Frog”に、泣き・・・泣き・・・

 Above the cloud-like shimmering oval
 Through some misty blue
 Still before me stands the morning where I first saw you
 Will you ever, will you ever know

 Fleeting with each passing moment
 Dewdrops in the sun
 Changing hours to forever, you and I are one
 Will you ever, will you ever know
 Will you ever, will you ever know

 Let's not ever leave here
 Though your mind seems fixed to go
 I'll pretend you're still beside me
 Wonder if you'll ever know

 Will you ever, will you ever know
 Will you ever, will you ever know・・・


 酔ってますが、気は確か。

 ・・・Let's not ever leave here・・・

 からのメロディは、たった一度しか登場しない。
 ここが、素晴らしい展開!

 だから、何度も聴いてしまうのね・・・

 今宵は、何度も、何度も、聴いてしまったのね・・・

 これも、私流の、”厭世”のスタイル・・・

 とっても素敵な曲だから・・・これ、ほんと!




03:08:55 | mom | No comments | TrackBacks

20 August

ザ・ピーナッツ。


 朝、寝室の出窓を開ければ、午前7時にもかかわらず、生暖かい風。お布団、剥いでいる私。蝉の鳴声は、もう、明け方から始まっている。
 洗濯を済ませ、甲子園、注目の試合を観る。駒大苫小牧、ピッチャー田中君、やはり大物感がある。一昨年前から彼のプレイは観ているけれど、充実している。智弁も頑張ったけれど、ピッチャーの層の厚さがあれば・・・と思うとやや心残り。二試合目、初出場の鹿児島工業高校は、とても素晴らしいチームだ。代打のムードメイカー、今吉君は、今大会の人気者。どうしても贔屓にしてしまった学校だったが、相手は早実。ピッチャー斎藤君のマウンド裁きは見事で、このクールな青年の落ち着きと自信に脱帽したくなる。鹿児島と早稲田に揺れる私の心・・・。しかし、今回から早実は、西東京で地元ということになるし・・・しかも国分寺だし・・・初出場校の瑞々しさも斎藤君のこの一年の成長も、見逃せない。
 で、結果、早実の”経験”が、鹿児島工業の”初陣の勢い”に勝利する結果となった。
 明日は、田中VS斎藤ということになりそうだが、ルパンは駒大苫小牧が御贔屓のようだが・・・私は、田中君にはシャッポを脱ぐ思いだが、早実に賭けてみたいな。

 夜、ザ・ピーナッツの番組を観る。
 改めて、この双児の姉妹の歌と芸の魅力に、”ため息が出ちゃ〜う”!
 彼女たちのデビューは、昭和34年だったということだが、私が生まれた頃は、もう、大変な人気者だった。ちょっぴり丸顔な可愛い姉妹が、洗練された歌手になっていく様・・・外から眺めていると、素敵なショー・ビズの世界・・・だけど、彼女たちの歌や踊り、ファッションは、かっこよかった!・・・「ピーナッツの歌を歌ってごらん」と、叔父など度々私に注文した。・・・独りでピーナッツというのも、寂しいが、歌詞の意味などあまり考えないで、リクエストにこたえていた記憶がある。・・・”陽に焼けた頬よせて〜、囁いた約束は、ふたりだけの秘事、ため息がでちゃ〜う〜”・・・秘事・・・なんて、姫事・・・だと勝手に思い込んでいた幼い私である。
 そして、このザ・ピーナッツが、海外でとても評価され、人気があったことに驚く。ドイツ語でさえ、歌っていたなんて・・・その映像も、日本人の当時の女性としては、メチャクチャイカシテル!

 '60年代、青春真っ盛りの年頃で、こんなに華々しく活躍した姉妹が羨ましいくらい。
 せめて、私も同じ頃、青春を謳歌していたかったわ・・・なんて・・・例えば、ミニ・スカートで・・・ツィッギーみたいなショート・カットで・・・白いブーツを履いて踊ったり・・・武道館にビートルズを観にいったり(これは競争率が激しくて、なかなか難しいチャンスだったかも知れないけれど)。・・・で、密かに、寺山修司に憧れる娘・・・。

 だが、この高度成長期時代、私は確かに生きていて、その片鱗を知って育ったのね・・・。

 ママの着ていた襟の広いスーツのデザイン、パンプスの踵の細さと高さ・・・叔母達のミニのワンピース、「お髪、セットしなきゃ!」なんて言っている若い叔母のキュッとカールした付け睫・・・だから私、こっそりピンクの口紅を時々塗って鏡の前でご満悦・・・ムーディーな歌謡曲を未来に託して、子供扱いされると、プイッとしていた・・・。

 さて、そんな私は、明日から父と古都を旅する。

 ママが若い頃、首につけていた古風な珊瑚の首飾りでもしてみましょうか・・・。

 ルパン・・・私の留守中、麺類ばかり食べていては、駄目よ。
 冷凍庫には、先日のカレーがあるわよ。

 そして、緑の人よ・・・暑さに負けず、お仕事なさって・・・

 それから、それから・・・小粋な私のお友だちたち・・・'60年代の片鱗を顳かみあたりにひっさげて・・・慌ただしくも、残暑お見舞い申し上げます。

 皆、元気が、一番だわ。

 伊藤姉妹・・・ザ・ピーナッツのように・・・。


02:55:10 | mom | No comments | TrackBacks

18 August

A Day In The Life


 赤い裏ジャケットだからだろうか、それとも、このレコードを買ったのが、真夏のことだったからだろうか・・・?

 季節のビートルズ、という感覚だと、私はこの夏の夜、「サージェント・ペッパーズ・・・」を聴かないと気がすまない。

 実家にいた思春期、私がレコードを聴くのは(本当の就寝間近にならない限り)、自分の部屋より、主に、ピアノが置かれている洋室でのことが多かった。
 ここは、応接室でもあり、ローズウッド色の壁に覆われ、南東向きにもかかわらず、東側の窓の向こ側にガレージの屋根がちょうど陽を遮ることもあって、涼しい部屋だった。辛子色の古風なソファーと、重い花梨のテーブルが置かれていて、壁と同色の棚の中に収められているのは、抹茶茶わんだったりする・・・一見、厳めしい部屋である。ピアノの脇にはふたつのライトが壁にすえ付けられていて、中学生の私は、この電球を赤と緑の色に変えた。・・・両親の文句など、ありがたいことに無かった。そして、朱色のシェードのスタンドの仄かな明り・・・。
 私はそのような薄暗い部屋で、中学時代、「サージェント・・・」を聴いた。真夏の夜、家具調のオーディオから、呪文のようなエレックトリックが、「手を繋ごう!」と、私に合図をするわ。だから私は、辛子色のソファーになど座らず、床に胡座をかいて頷く。
 まだ、生まれてから10数年しか経っていなかった私だが、真夏の深夜に、そのような照明のもとで聴く音楽との摩擦は、何か、自惚れた憧れや予感を知らしめてくれた。
 真っ暗は嫌だけれど、薄暗い場所が好きだった少女時代。一学期の明るい教室をせっかく脱出したのだから、夏休みくらいは、この赤や緑が放射する妖し気な世界にいたいの・・・。スピーカーから聴こえる音は、大音量でなくてもいいわ。むしろ、囁いてくれるほどの音だったりする方が、本心をえぐり出してくれそうね。その囁きは、謎。謎めいていてくれれば、いいの。・・・後は私が答えを出すわ。謎解きをするのには、時間がかかるかも知れないけれど、ゆっくりと遠回りしてみるの。
 もっと前の夏とは違う体験・・・プールに行って、だるい昼下がりを冒険小説と午睡で過ごした時とは、別の楽しみを知ったのだから、仕方が無いわ・・・。
 ミリタリー・ルックに髭をはやしたロック・スターたちが、シャボン玉ホリデーの中のヘンテコリンなギャグのような夢物語を歌っているわ。・・・ショーが始まり、観客が拍手して、孤独な青年が一目惚れを信じる?と語りかける。ダイヤモンドを抱えた少女がオレンジの空を飛び、いじけた少年の思い出が繰り返される。雨漏りを気にすることが、妙に哲学的に感じられて・・・だけど、家出少女は何時の時代でも、こっそり行動するのね・・・親の心配なんて何処吹く風・・・。やがて皮肉なサーカスのシーンになって、私は世間の卑俗を知る・・・だからインドへ旅行するの、そこで出会うのは、霊魂の不滅で・・・それでも皆64才になってしまうと、誰かと共に過ごしていたいと思う・・・だけど、そんな老人力も、ガソリンスタンドの可愛い娘を夢想するもの。ところが・・・朝起きてみると、残酷な家族や仕事が君を待っている・・・。・・・それが人生で、人生の一日が、誰の上にも恐ろしく凡庸にやってくる・・・だから新聞にもニュースにも、仕方なく耳を傾けて、そうして経っていく時間の末期にあるのはファウストに似たシンフォニーの乱雑な響き・・・。
 ミリタリー・ルックの青年たちがドラマにしているのは、そういうことなのね。
 だけど、少女の私には、そんな現実なんて、無縁のこと。
 薄暗い洋室で、アイスクリームのかわりに味わっているのは、サイケデリックな赤と緑の世界とともに巻き起こる”marvelous”な感覚・・・だった・・・。

 音楽を聴いている間、こんな夢想に耽っていても、それが止んだ瞬間、無愛想な顔でふと、自分の未来を考えてみる。

 どんな風に、通り過ぎてみると、快感なのだろう、人生って?

 そんなこと、漠然と考えてみる。

 くぐり抜けなければならないことが、幾つかあるけれど、それを過ぎたあたりで、一体何を目論めばいいのかしら?

 でも、そういうことを真剣に考えなければいけないのは、まだまだ先ね・・・などと、床に大の字になって欠伸をしてみたっけ・・・。

 翌朝、それでも早起きをする私は、きっちり朝ご飯をいただいて、自転車を走らせる。
 夏の午前中の空気は、昨晩の幻想なんて忘れさせてしまう。
 それくらい、光に満ちていて、無邪気で、現実的だ。

 現実・・・?

 それがどういうものなのか、本当のところ、私には、未だにわからないのかもしれない。

 ありがたいことに、一年のうちの大半が、私にとっては、夢のようなことと思えると言っても過言ではない。

 いいえ、嘘です。

 まさか、そんなお馬鹿さんでは、ありません。

 でも、近頃、そんなお馬鹿さんが恋しいのかしら?

 いいえ、昔から、お馬鹿さんですね。

 今日も、ストーンズのライヴ、時間を間違えて、見逃していて・・・。

 人生の一日が、川に浮かんだ石を飛び越えるようにポンポンと進んでいることに、無機質になってしまっているわ。

 あえて、川が流れるように・・・なんていう、ベッタリとした言い方、蔑みたいわ。


 A Day In The Life・・・なんて、今、噛み締めていることの、愚かに、一杯のお酒か。

 ところで、実家の応接間の赤と緑の電球は、今でも健在らしい。

 長生きって、いいわね!

 そして、昔のものは、丈夫なのね。

 私も丈夫なお婆ちゃまにならなくては・・・ね。



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15 August

踊ることの自由。


 朝は、これから今日一日、汗ばむことを予告しているような青空。それは、明るいけれども、睨むような青空。雲は白いふりをしているのだが、それはきっと午後になればやや灰色がかった雲に豹変するに決まっている。
 立秋が過ぎるこの時期の空模様を、私はよく知っているつもりだ。・・・台風の影響もある押し迫ったような陽射し・・・悪いものではないけれど、やっつけられるかな・・・なんて思って、季節と睨めっこしたくなるわ。
 だから、いっぱい洗濯して、いっぱい掃除して、じめっとした悪天候が襲ってくる頃には、平気な顔をしていたいの。
 ・・・風よ吹け!
 ・・・雨よ降れ!
 ・・・それでも、私は、へっちゃらよ!
 
 頭の中をよぎっているのは、昨晩観た番組、芸術劇場での、ピナ・バウシュのことだった。
 ピナ・バウシュ・・・ご存知の方も多いかも知れないが、ドイツの舞踏家・演出家として大きなお仕事をしてきた女性ダンサーだ。彼女は今年、66歳になるのだろうか?・・・私の母と同じ年齢だ。
 白いものが混じった長い黒髪を後ろでひとつに結び、ほっそりした顔、目は穏やかに輝いて、右手の指に煙草を鋏みながら語る姿は、美しい。昨今のバレエ・ダンサーが煙草を吸うのかどうかは知らないが、昔のバレエ・ダンサーは、女性でも煙草を吸う人が多かった。一般の人は、肺に影響があるのでは・・・?などとお考えかも知れないが、これは軽く言えば一種のポーズ、または演出でもあるのだが、踊りを愛するような人は、どこか不良っぽく、独特のスタイルを重んじる・・・そのために、しなやかな指に細い煙草を鋏む・・・というのは、無意識な自己演出でもあったのではないだろうか・・・浪漫な私はこのように勝手に解釈するが・・・かつて私が通っていたバレエ教室の先生も、すっきりと煙草をふかすような小粋な女性だった。
 さて、このピナ・バウシュは'80年代に”タンツテアター(ドイツ語だが、英語にすればダンス・シアター)という舞踏団を率いることになる。マイムの性格を学んでいる彼女は独特の表現をひっさげて、この舞踏団を監督する。勿論、彼女ピナも踊り手として参加する。ドイツの洗練された表現主義などと言ってしまえば簡単だが、ここには、表現者としてのピナの数々の努力があった。ダンサーに問いかける・・・こんな時、あなたは、どんな事を感じるか・・・それをどのように表現するか・・・。彼女は、ダンサーたちと向かい合い、対話する。そうして、そのうちに、その表現のあり方が発見され、ダンサーの個性と混じりあって披露される・・・。時には悲劇的に、時には、無邪気に。昨晩の演目、「カフェ・ミュラー」などでは、舞台の上に並ぶ椅子たちが、次々に倒されながら、ダンスと音楽と感情・・・というステージの絵巻を彩っていく。見事だ。シンプルでありながらも、”情景”を人間の心に絡ませる演出は、絶妙だ。複数の男女が、愛と幸せを求める姿を描いているが、じれったい。拒絶を時に求めようとする人間・・・。だが、拒絶は本来の心の姿ではなく、人々は、誰かと向かい合い、感じ合い、より良く生きたがっている・・・。そういう姿を緊迫感溢れる物語として表現していく。これは、かなり実験的なドラマだが、私たちの日常に、実は紛れ込んでいる葛藤の姿であるということを、認識させてくれる。

 表現は、臆病な人間にとっては困難な事かも知れない。

 例えば、こうして、PCの中で語っていれば、そこに実際の顔というものは、見えない。
 だから、このPC上では、言いたいことが言える・・・という方も、多い・・・のだそうだ。
 文章というのは、(恐らくどのような文章にも)心が込められているであろうが、”平面”である。上手に気持ちを現わす術を心得ていれば、それは相手の顔や躯が目の前に控えていなくても、伝えることは可能だろう。が、実施される行ないには、立体は無い。
 だから、その相手というのが、目の前にいたら、語れない・・・ということでは、全く表現の効果を発揮していないことになる・・・恐れもある。
 ・・・つまり、文章は、あくまで”書き物”の域を超えることが出来ず、ただの言葉の”絵空事”ということに、あい成り得る悲劇を持っているという言い方も出来てしまう。

 が、躯と表情で、真直ぐに、誰かと向かい合うことによって、心を交換
し合うという作業は、真剣な作業であり、また、充実を呼び合う。

 踊りは、肉体の作業である。
 視線、手の動き、顎や首の動き・・・それらに、信号がある。メッセージがある。悲しい動き、喜びの動作、真実の視線・・・。
 ソロという動きなら、独りの世界をこれ全て自分のものとして表現すればよいだろう。
 デュエットならば、その相手とのやり取りを躯を媒体として、交換しなければ美しさが見えてこない。・・・そう、デュエットを人に見せるためには、何度も何度もパートナーとお互いを交換し合い、格闘し、惜しみ無いくらいに意識を高めなければ、呼吸が乱れてしまうだろう。

 表現の真の理想は、言うまでも無く、「対、人間」なのだと思ってみれば、それをする人は、人間を好きにならなければ不可能なのは当然のことだ。
 内弁慶だったり、特定の場所で特定の仲間とだけで、好きなことを表現していることは、簡単なことである。
 要するに、”温度差”を感じる必要の無い、馴れ合った者同士で、連隊を組み、そこで、皆で共感していればいいことなら、こんなに楽なことは無い。
 しかし、広い世の中には、様々な人たちがいて、そこにたった独りで飛び込むことで、自らの自由を表現するのは・・・どうだろう・・・そう・・・誰にでも、容易なことではない。

 私さえ、鉄面皮になってきたとは言え、おおいに臆病な部分はある。が、例えば、子供の頃、どうしてもやってみたかったバレエの世界に足を踏み込んだ時に感じたのは、演じることの面白さだった。・・・演じるというと、あたかも騙しているような言い方になるが、そうでは無い。私が、私の躯で何かに成ってみる・・・という形式を楽しんだ時、或る、ささやかな自信が湧いたのだ。
 ・・・私が独りで踊っていようとも、私が誰か他のパートナーと踊っていようとも、そこには、私とは全く違う、別の人間の体温と匂いがする・・・私はそれを感じ取って、そして、その心を、相手に返す・・・すると・・・それは客席かもしれないし、パートナーの身近な存在だったりするけれど、確実にその”他者”の個体の質感と呼吸が私に伝わってくるの・・・その時、私は喜びを感じ、その他者を見極め、その他者を好きになろうとする・・・するとね・・・恐怖というものが、全身から消えていくような気がする・・・。・・・ああ、同じ人間なのね・・・温度差なんて、無いわ・・・私たちは、相手の動きを気づかい、そして、お互いに関わろうとしながら生きているわ・・・だから仕合わせなのね・・・。
 演じるということは、或る別の人物になったと錯角するほどの、未知な性格との出会いの時間なのだろう。

 ピアノを弾く時、子供の頃の私はいつもひとりぼっちな気がしていた。それは、私がたくさんの子供たちが通う一般的なピアノ教室で学ぶのではなく、個人的にレッスンをするというスタイルで習い始めたのが原因だったかも知れない。平等な発表会などというものにも、縁が無く、いつも個人的なイメージでピアノを弾いていた。弾くことがどれほど好きでも、実は私にとってのピアノとは、昔から個人的な作業だった。人前で弾くことこそあっても、この気持ちは、今でも残っている。
 だが、バレエは全く異なった世界となって私にたくさんのことを教えてくれたわ!
 ・・・私を見てね!
 そんな気持ちに、最初からなれた。

 躯で向かい合う・・・ということのプリミティヴな感動を教えてくれたのが、踊り・・・だった。

 それは、自由への憧れで・・・

 自由を獲得するためには、制裁を自分にも他者にも与えないことで・・・

 こんなことを言うと、非難されるかも知れないけれど・・・私は、邪魔をしないし、されたくない・・・なんていう心意気で生きてみたいの。

 煙草を吸う、初老のダンサーの姿勢は良く、言葉ははっきりと、そして表情は瑞々しく・・・ピナ・バウシュは、そんな聡明な女性だった。

 かっこいいな・・・

 この私も、音楽大学の声楽科を卒業した身だが、煙草が指からあまり離れない。

 心に自由があれば、そして、誰かの邪魔をするようなことさえなければ、どんなに悪いものを嗜好しても、美味しい人生と思いたい・・・のだが・・・。

 そこには、姿勢よく生きる肉体が無ければ、いけないわ。

 そこには、豊かな表情が無ければいけないわ。

 そこには、思いやりが無ければいけないわ。

 そこには、私が立っていなければいけないわ。

 そこには、あなたが立っていなければいけないわ。


 ピナは、このようなことを言っていたわ・・・


 ”ダンサーは、そしてアーティストは、全身で打ち込むことが出来る仕合わせを持ちえている”・・・と。


 躯を気づかうよりも先に、アーティストは、躯を投げ出すものよ。

 躯を投げ出さずには、生きられないものよ。

 素敵だわ・・・。

 本当に、素敵なこと!

 ザ・ピーナッツの「恋のバカンス」なんて、歌いたくなってしまうほど、ため息が出ちゃう・・・。

 ああ、支離滅裂ね!

 さあ、ピナに感謝を込めて、夢に溶けましょう!




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11 August

リリーとエリザベスとメアリ。


 シビアに堅実に良心的に、そのように数日を過ごすと、抜け殻に近くなっている自分の頭がある。暑さのせいにもしたいが、それもつまらない。小さなこと(もの)によく躓く私は、大きな夢を描いた人に救いを求める。
 そんな私が今日選んだ女性たちは、リリーとエリザベスとメアリ。

 リリー・・・これは、寅さんのマドンナ、リリー松岡である。朝丘ルリ子演じるこのリリーは、売れない歌手。日本中を旅しながら歌を歌いつづける。このリリーは、「男はつらいよ」シリーズでは4度登場するが、他のマドンナたちとは絶対的に違う。何故違うかといえば、それは、彼女は寅次郎と同じ世界に生きている女だから。一般的な寅さんのマドンナたちは、言わば、彼とは別世界に暮らす女性たち。それで彼は失恋する結果となる。が、このリリーは、同じ飯を喰う、唯一の女性。「・・・ちょいとした俺だね・・・」と、初めてリリーに出会った時、寅次郎は彼女に言う。・・・このふたり、似合いなのだが、結ばれない。先日の「寅次郎ハイビスカスの花」は、このリリーが沖縄で病に倒れ、寅さんが彼女を見舞うという事件から物語が始まる。彼と彼女は、夏の沖縄で静かな日々を送る。ふたりの関係は、男と女・・・を次第に意識しあっていく。リリーは、病みあがりの弱きも手伝い、寅次郎に気持ちを打ち明けるが、それを笑って誤魔化してしまう彼。リリーは彼を置いてひとり、旅に出る。ふたりはまた、離ればなれ。単純に悲しむ寅次郎。彼はリリーを追うが、何と行き倒れになって柴又に帰ってくる。しかしこの寅さんが本気で喧嘩出来る女性も、リリーだけ。腐れ縁というふたりである。

 次いで、エリザベス・・・この人はご存知16世紀イングランドの女王である。生涯、処女を通したとも言われているが、さて、どうだか? 彼女の生い立ちは複雑だ。父ヘンリー8世は、放蕩の極みを尽くした男、彼女の母、アン・ブーリンは、夫によって首を刎ねられた。エリザベス自身もロンドン塔に幽閉される少女時代を過ごすなど、歪みに歪んだ思春期を体験したおかげで、潜在的に屈折し、ヒステリー症状もあったとか。男性に対して、素直になれなかった彼女の不幸は、これらが原因とも言われている。このエリザベス、錬金術や薬物学にも異常なほどの興味をしめし、また仮面舞踏会、狩りなど、ワンマンな余興を派手に行なった。浮き名を流した男性は多く、それでいて絶対に結婚はしない。自分が結婚をしたら、国家が危ぶまれるとさえ思っていたのだ。レスター伯、ウォルター・ローリ、エセックス伯・・・。中でもローリは才気に溢れた伊達男で、煙草をイングランドに流行させたので有名な人だが、彼のよく知られている逸話では・・・或日、エリザベスが煙草の煙の重さをローリに尋ねたところ、吸い残った煙草の灰の重さを最初の煙草の重さから差し引いた重さが、煙の重さだといって、エリザベスをやり込めたという話がある。結局、エリザベスは国家と結婚し、一生を独身のまま過ごしたが、彼女は恋愛遊戯には相当長けてこそいたが、実際に誰かを猛烈に愛することはしなかった。仕事のために、恋を捨てざるをえなかった女の一生である。

 最後に、メアリ・・・これは、先のエリザベスと同時代16世紀のスコットランドの女王である。メアリ・スチュアートは、10代でフランスに嫁いだ。当時のフランス王はアンリ2世、姑王妃は、イタリアはメディチ家から嫁いできた魔女のような女、カトリーヌである。このカトリーヌ・ド・メディチがフランスに嫁いで来たおかげで、フランスではナイフとフォークで食事をするという習慣が始まったのは有名な話だが、この時代、何といっても西洋の最先端の文化や芸術を欲しいままにしていたのはイタリアだった。フランスの洗練は、このイタリアからの影響無くして有り得なかったと言っていいだろう。・・・話は逸れたが、さてこのメアリ、フランスの皇太子后になったのは良いが、軟弱な王子フランソワ2世は若くして病死してしまう。呪われた皇室なので致し方ないが、彼女メアリは再び祖国スコットランドに出戻りとして返される。メアリは賢く、美しく、ロマンティックな女性だった。エリザベスが現実的な女だとしたら、彼女は正反対のタイプだった。このエリザベスとは姉妹ごっこをしながら表面的には親しくしていたが、実際は政治的国家的なしがらみも含め、腹の探り合いばかりしていた。スコットランドは暗く寒く野蛮な国だった。フランス帰りの若き少女には、苦痛な日々がつづく。浪漫的な少女は、恋を夢見、美貌の若者ダーンリ卿に心を奪われる。周囲の驚きなど気にもせず、彼女はこの青年と結婚するが、この夫、思った程の冴えた男ではなかった・・・。やがて彼女の前に姿を現わすのは、男性的で野心もあるボスウェル伯。彼女は惹かれていく。彼女は情熱的に彼を愛し、女王としての仕事を疎かにしはじめる。それまで、知と誇りに満ちていた彼女の人生が変わってしまう。恋がきっかけで国を追われ、逃亡生活をおくり、あげくにエリザベスによって断頭台に上がるという悲劇が待っているメアリである。

 16世紀西洋を彩った女性たち・・・という比較をするなら、エリザベス、メアリ、そしてカトリーヌ・ド・メディチ、或いは、このカトリーヌを袖にしてフランス王アンリ2世の寵愛を受けたといわれているヴァランチノワ女公あたりの人生を取りあげるのが最もかとも思う。

 また、時代を生きた東西の女性たち・・・という比較をするならば、エリザベス、メアリ、そして日本代表として、和泉式部、小野小町、建礼門院、北条政子、日野富子をあげても良いかも知れない。

 が、あえて、ここで、架空の女性、しかも、20世紀日本の女性として、「葛飾柴又のフーテンの寅」に愛された歌姫、松岡リリーをあげるのが、私流なのね。

 だって、そんな風にしないと、只の歴史を騒がした女性たち・・・という誰もが思い浮かべる随想があるだけですものね。

 リリー・・・人生なんて風まかせと吐き捨てることも厭わない、風来坊の歌姫。

 エリザベス・・・国家と仕事と結婚し、それゆえ恋愛遊戯しか出来なかった権力を好む女性。

 メアリ・・・知恵こそあっても、浪漫ゆえに愛に生き、全てを失う運命に飛び込んだ情熱の女性。

 世の・・・いや、真夏の夜の殿方たちは、これらのツワモノ女性のうち、どのタイプをお好みだろうか?


「ねえ、私の年齢の時、どんなことを思っていたの?」

 先日、私は私の母にこっそり尋ねてみた。

「私・・・?・・・何か、決心、したわね・・・たぶん」

 私を見つめる母の眼差しは、珍しく暖かかった。

「あなた、もっと、自分のこと、信じてみたら」

 そう私につけ足した母の顔は、柔和で、ミルクのような色をしていた。

 ママンのヘルペスは、大分快復したらしい。が、足首に水がたまってしまったとか・・・。

 そうして、幾つになってもギスギスしている娘にこうも言う。

「あなた、少し疲れた顔して・・・痩せたのね・・・それ以上痩せると、死んじゃうわよ(笑)」

 ・・・いいえ、ママ、私はただ、燃焼しているだけなのよ(笑)。






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