Archive for November 2006

25 November


 ・・・寒いから、起きないの!
 と自分には言い聞かせても、猫は早起き。
 午前7時、「ねえ、おはよう!・・・おはよう、だよ!」と、甘えながら飛び飛びに階段を上がってくる愛猫ロンドン・・・。
 私は彼に応じて階下へ向かう。嬉しそうに小走りに階段を降りていくロンドン坊や。・・・時々立ち止まって、私を振り返り、「はやく、はやく!」
 ・・・あなた、私の7倍の時間で生きているんでしょ・・・だったら、そんなに急がなくても、いいじゃない・・・人間の私が、こんなにゆっくりしていたいのに・・・今は・・・。

 一昨日前に観た、『白夜』、昨晩観た、『ルートヴィッヒ』・・・何れもルキノ・ビスコンティ監督の映画。

 『白夜』は、ドストエフスキーの原作だが、舞台はロシアではなく、イタリアに。この『白夜』は、以前読んだことのある作品・・・孤独な夢想家の青年がひとりの女性と出逢い、語り合う・・・語り合っているうちに、ふたりは細やかな愛情で結ばれようとするが・・・という原作。映画はもう少し、大人の空気に描かれているわ、マルチェロ・マストロヤンニは物憂く、マリア・シェルが浮き世離れした若い娘というよりリアルな女性像として描かれている・・・皮肉にも・・・。

 『ルートヴィッヒ』は、これはハプスブルグ家の濃い血を受け継いだバイエルンの国王であるが、ヴァーグナーとの深い関わりや、狂信的な資質、そして従妹であるエリザベートへの報われない思慕で精神を病んでいくという見事なほどの不幸な貴公子・・・演じるのはヘルムート・バーガー・・・『家族の肖像』などでも、変人ぶりを発揮する名役者。エリザベートを演じるのは、ロミー・シュナイダー・・・私の好みの顔とは言い切れないのだが、どうも、この女優の演技には見惚れてしまう。理知よし、狡猾よし、色気よし・・・悪女が似合う女優である。・・・低いトーンの声もシックで、その声の遠くには、破滅があるような予感をさせる・・・だから、ルートヴィッヒも、破滅する。・・・実話に基づいたこの物語、かなり嫌なお話である。ハプスブルグ家は、この19世紀半ばには、完全に呪われた血の限界を知ろうとしていた。ルートヴィッヒは、国家の金を自分の芸術趣味に注ぎ込み、破滅した男。・・・以前西洋を旅した時に私は訪れなかったが、俗に『白鳥の城』と呼ばれるノイシュヴァンシュタイン城・・・怖いもの見たさ・・・という意味では当時の私、一生のうちに見ておく価値があったかも知れないと無念に感じたが、今となっては必要悪とさえ思っているところもあるのが正直な話、である。名物とはいえ、ゴテゴテの趣味・・・美を通り越して、俗悪な趣味・・・か・・・正常な人間の趣味とは、かけ離れている。・・・恐らく、あのような城の中に暮らしたら、私の頭など、数日で狂うだろう・・・いや、そう簡単には、狂ったりしないか・・・。

 何れにしろ、この2作品、愛の無法地帯を感じこそしても、泣きはしない。
 そして、この後放送される『ベニスに死す』も、泣かないだろう・・・ダーク・ボガートは好きな役者。原作はトーマス・マン。美少年に夢中になるひとりの男の物語・・・映画の方では、作曲家マーラーをモデルにしていて、この映画の中で終始流れるマーラーの交響曲第5番4楽章のアダージョは、全て弦楽器だけで成り立っている美しくも幻想的で私の大好きな楽曲だが・・・。・・・そう、ヴァーグナーの『トリスタンとイゾルデ』より、好きだな・・・ヴァーグナーより、趣味がいいだろう・・・と、勝手に好みを言わせてもらえるならば。
 ただ、月並みだが、このマラ5の4楽章で、泣いたことは、何度かある。
 休日と呼ばれている日の午後・・・その気になった時に聴こうとするわ・・・静かに始まり、やがて急激に情熱的になり、そのエクスタシーは、再び静かに消えてゆく・・・馬鹿馬鹿しいくらいな深いため息をついてしまいたくなるような音楽よ。・・・こんなものに騙されるなんて、人間って、何て愚かなのでしょう?・・・とか何とか言って、自分を嘲笑したくなるような楽曲よ・・・騙されてあげるのよ、冷たい私はね、そうして、息絶えたふりをするわ・・・マーラーのためにね。

 そして今日、夕食はお鍋。
 鶏ガラとみりん、お醤油少々、ごま油、煎り胡麻などのスープで仕立てました。具には、鳥団子、豚バラ肉、お野菜、お豆腐、油揚げ・・・。
 そんな食卓を前に観ていたTVは、作曲家いずみたく氏と中村八大氏の昭和歌謡黄金時代。特に昭和44年前後の曲など、とても懐かしく、ほとんど歌っている始末な私。

 なかでも、雪村いずみの歌、『涙』・・・作曲中村八大、作詞藤田敏雄だが、この『涙』を歌う雪村いずみの姿に泣いてしまった私・・・。
 素晴らしいのね・・・誰かを愛して、愛しつづけることの苦しさを・・・このように歌われてしまうと・・・もう、死んでもいい・・・なんて思えてくるのね・・・ええ、この歌のヒロインは、死にはしないわ・・・愛した人が何処にいても、愛しつづけると訴えてやまない・・・これは誓いだわ・・・そういう女性の姿を、数分間で表現するの・・・映画のように、また、小説のように、長い時間なんか、必要ないわ・・・数分で表現する、愛の形よ。

 ああ・・・黄金時代には、涙がつきものなのね・・・。

 泣いたの、私。

 泣いたのよ。


 先日、「爆笑したい」と書いた私よ。

 で、つい数日前、「爆睡したい」ってルパンに言ったわ。

 そうしたらこんな言葉がかえってきて・・・

 「・・・爆笑とか、爆睡とか、あなたには似合わない言葉だから、無理に使うの、やめたら・・・」

 ・・・そう・・・だったら、爆泣・・・は、どうかしら?

 やっぱり、駄目かしらね?

 だけど、私の目から、涙が大量に溢れだしたくて仕方がない時だって、あってもいいでしょ?

 そういう時だって、あるわ。

 だって、私の目・・・ドライ・アイ・・・なのよ。

 時々、潤さなければ、固まってしまうわ。

 泣きたいの!

 泣きたいの!

 そんなこと、強く思わないと、この夢遊病のような私は、眠り姫には、なれないわ・・・。

 泣き腫らした目を、お休みさせるために、眠るのよ。


 ロミー・シュナイダーが演じる役がお得な私?

 まさか。

 そういえば、『ハンカチのご用意を』・・・

 こんな映画も、あったかしらね。


 ロンドン、邪魔しないでね、明日こそ、私を眠り姫にしてちょうだいね・・・お願いよ!







 


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22 November

月曜、代官山にて。


 ”晴れたら空に豆まいて”というお店での、イベントに出かける。
 出演は、尾崎孝グループ・ロンサムストリングス・高田漣君・・・。

 ところが、この日のお天気は、雨、後、曇り、後、雨、後、曇り。
 とても、”豆がまける”ような天候ではなかった。

 代官山のような街を、例えばこうして平日の昼間などぶらっとしていたとして・・・そうして、私が、30代半ばの文句のない男だったとして・・・で、勿論、お天気は、小春日和・・・なんて、想像してみる。

 粋な女の子にでも遭遇したら、そっと後をつけたくなるかも知れない・・・決して怪し気にではなく、ただ、何となく、その後を歩いてみる・・・彼女の髪は長く、腰は細く、軽やかにして品のいい歩き方、服装はシンプル・・・そう、グレーのスカートに白いカシミアのセーター、黒いブーツ、上着は・・・小春日和の暖かな日中だから、羽織らず腕に・・・その上着の色はダーク・ピンク・・・。
 彼女はふとカフェに入り、コーヒーと小さめなお菓子を頼む。隣のテーブルには母娘。娘さんはまだ幼稚園くらいかしら・・・少女は彼女にニッコリ微笑む。微笑みかえす彼女。その少女のあまりの可愛らしさに、彼女は自分のお菓子をあげてしまうわ・・・まあ、すいません・・・と、礼をいう少女の母親。ショート・カットで色白の朗らかなお母さん。
 彼女はコーヒーを飲み終ると店を出る。髪をなびかせ、時々ショーウィンドウを眺めるけれど、買い物は間に合ってますっていう表情で立ち去るわ。
 すると、突然、横丁から現われた男!
 男は彼女の腕をねじ伏せ、「話があるんだ!」と、耳もとで囁く。
 おっと!・・・と、思って身構える僕だったが・・・どうしてどうして、彼女は相手の男の腕を見事に振り払い、素早く襟首をぎゅっと掴むと、華麗に男を投げ飛ばした。
 道に転倒する男。
「寝言につき合ってる暇、ないよ!」と、彼女は吐き捨て、また、何事もなかったかのように、小春日和の道を上品に歩いていく・・・。

 と、まあ、こんな光景に遭遇したいものであるが、事件は起こらない。
 代官山・・・案外、平凡な日常の風景・・・粋な女の子・・・望み過ぎか・・・。

 と、まあ、こんなことを綴っていても、私は代官山の街を昼間、お散歩したわけではないの。ちょいと使い走りで、駅前のコンビニまで小走り・・・この小走りの原因は、雨が降っていたから。突然の雨のコンビニのレジは、ビニール傘を買い求める若者で混雑・・・ゴミゴミしているわ・・・この雨、きっとすぐに止むわよ・・・雨宿り・・・なんていう、粋な計らいが出来ないのかしらね、今時の若い人って・・・かといって、どこかへ急いでいるようにも見えないのにね・・・粋にいこうよ、粋に・・・こんなにわか雨、ちょいと濡れてみようか・・・ってな気分になってごらん・・・幸い今日は、それほど寒くもないわ・・・。

 ライヴのリハーサルが終れば、どこで嗅ぎ付けるのか、お蕎麦屋に入り、TVの相撲など見ながらたぬき蕎麦とビール。

 やがて本番が始まる。今宵はスティール天国である。
 ロンサム、今年最後のライヴになるが、もう、今宵は、彼らの演奏について、語るまい・・・もう、今月は、十分語った私・・・である。
 足のケアを済ませてお店に駆けつけた知恵さんが、ジョッキを一杯、奢ってくれる。・・・ありがとう・・・足の裏がすっきりした人は、心まで寛大なのね・・・と、感謝。
 高田漣君は、最近リリースしたアルバムの中からの曲をご披露。・・・演奏より、トークの方が長かったかしら(笑)? 相変わらず、我が道を目ざす漣君の音楽姿勢は、気持ちよいものを感じたわ。
 尾崎孝グループは、大人な演奏を聴かせてくださった。
 お客さんも賑やか。久しぶりに駒沢さんのお顔も拝見。愛すべき私の女友達たちとも三位一体のごとく。
 終演後、五十嵐さん、発見!・・・いい調子で、お話してしまう・・・楽しい方、予期せぬ時に、いつもお会いするのが面白いのね。
 で、この”晴れたら空に豆まいて”の店長さん・・・私より若い方だが、とても礼儀のある方・・・そして彼の左腕の青き模様に、一瞬酔いしれそうになった私・・・ということを、後記したい・・・わ。

 このような一日・・・私は少し、疲れてしまって・・・。

 ・・・月曜の午後、代官山を歩いていた架空の女の子は、本当は列車強盗をした疑惑を持たれて、指名手配になるの。
 だけど、それには理由があるのね・・・彼女は、失った記憶を取り戻すための旅をしようとしていたの・・・。


 火曜日、ゆっくり起きて、洗濯。
 長閑な秋の空・・・豆をまくのは、2月だわ・・・とか何とか思いながらも、家の中の空気の匂いは秋というより、春のそれ。
 ・・・その空気の甘い匂いのおかげだろうか?
 私は何となく、夢遊病者のように過ごしている。


 ・・・では、このまま、沈没してみましょうか・・・

 たまには、本気で、沈没してみるのも、悪くはないわ。

 神様だって、ゆるしてくださるわ。






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20 November

雨の日曜/冨田ラボ。


 冷たい雨が降る日曜日。
 
 今年3月にルパンが参加した”冨田ラボ”のDVDが送られてくる。このライヴDVDは11月15日に発売されたらしい。ようやく観る、この3月のライヴ。・・・ふむ・・・モンデオ1世が、懐かしい・・・わ。

 このライヴの見どころは何といっても、豪華な歌のゲスト陣・・・ご出演順に、敬称を略させていただきますね・・・畠山美由紀、CHEMISTRY、武田カオリ、高橋幸宏、大貫妙子、SOULHEAD、田中拡邦、キリンジ、Saigenji、Ryohei、ハナレグミ。

 CHEMISTRYの歌った「ずっと読みかけの夏」に、ほっこりしてしまう。・・・いい曲ですね。男性の記憶の中にいる女性・・・の印象・・・を讃えるという意味で、甘酸っぱい魅力のある曲。・・・女性だったら、こんな風に男性に想われたいと、願ってしまうのではないかな、正直。・・・メロディもいいな・・・冨田ブシの泣きどころ満載、それも爽やかに。
 
 ミュージシャン陣は(敬称を略させていただきますね)、ドラム村石雅行、ベース鈴木正人、ギター桜井芳樹、パーカッション三沢またろう、キーボード&ギター松本圭司、サックス&フルート山本拓夫、近藤和彦、トランペット&フリューゲル西村浩二、トロンボーン村田陽一、金原千恵子ストリングス、そして、ギターと鍵盤は、冨田恵一。(・・・中でも、私がステキ!を感じてしまったのは、ベーシストの鈴木正人氏。まだお会いしたことはないのですが、高田漣君と一緒に活動なさっている人だ。)

 冷たい雨が降る日曜の午後、ゴージャスなライヴ光景とロマンティックなラヴ・ソングの数々を聴いているのは、悪くない。
 洋楽を聴くことがどうしても多い私の日常。日本のラヴ・ソングを続けて聴くことなんて、ほとんど無いのだが、今日は、素直に聴き入ってみたのね。

 で・・・

 すごいな・・・こんなにラヴ・ソングばかりをまとめて聴いていると、その気になっているから不思議・・・誰かに熱烈に恋している私・・・みたいに・・・。

 
 だから、誰にでも、優しくなりたくなるわ。

 何をお願いされても、「いいわよ」と、言えるわ。

 何を言われても、「いいのよ」と、応えるわ。

 風邪なんか、どこかに行ってしまったみたいだし・・・。

 冷たい雨だって、暖かくしてみせるわ・・・。


 この”冨田ラボ”、来年の3月も、またライヴを行なうとか。


 さて、明日は・・・いや、もう、今日だわね・・・今年最後のロンサムストリングスのライヴ。
 西日本ツアーも終了し、大きな山を越えたロンサム。
 ・・・ゆったりした演奏になる気配もするけれど・・・今年の〆と思えば、やっぱり気合いの入ったムードになるのかしら・・・?
 それは、明日の、お楽しみ・・・。



 優しい私で、明日もいたい。

 明晩、お会いしましょう。

 お会いできない方にだって、「こんばんは」を、言うわ、きっと。

 そんな心で、今夜は、眠りたい。

 恋人たちは、孤独な秋の狩人たち・・・。

 だから恋人よ、夢で再び、逢いましょう・・・。





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19 November

ニラと私の居場所。


 身勝手に願うなら、誰か、私に、爆笑をもたらしてくださる方は、いませんでしょうか?

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 
 このような野暮な提案は、さておき、日記的に。

 思ったより晴れていたので、洗濯にいそしむ午前中。ドライマーク物も含め、洗濯機を回すこと2度。しかし、まだルパンは起きてはこない。彼が階下に降りてきたのは、午前11時半頃。私は簡単にピザ・トーストを作り、彼に差し出す。

 今日は午後から夕方まで我が家でリハーサルがある。K嬢とM氏が13時にはお出でになるだろう。そのリハーサル、居間で行なうとルパンは言う。

 ・・・そういうことなら・・・と思い、私は彼がゆっくりブランチしている間に、夕食のための仕込みをしておこうとキッチンに立つ。夕食のメニューは、餃子。ニラを刻みながら、「今、ちょっと、ニラの匂いがするけれど、ごめんなさいね」と、声をかけた。・・・返事は、その時、特に無し・・・である。
 トーストを食べ終った彼は、着替えに階上へ。そうして再び居間に入ったとたん・・・
「ニラ臭い・・・」と、顔を歪める。
 私は刻んだ野菜とミンチを捏ねていた時だった・・・「もうすぐ終るから・・・そうしたら、冷蔵庫に入れるから」と、私。・・・そう言いながら、何だか、張り合いが無くなってきた。・・・夕方までリハするでしょう?・・・だから、邪魔をしないように、今、準備をしているのよ、それなのに、「ニラ臭い」・・・だなんて・・・。
 はい、その匂いのモトの「ニラ」、しっかり冷蔵庫にて、眠らせますわ・・・ついでに私も、寝ちゃおうかしら・・・だって、風邪ぎみなのよ・・・。

 それから家中の窓を開け、「ニラ」の匂いを追い出す私。すると・・・
「寒いよね」と、ルパン。

 やがて、おふたりがいらっしゃった。私はibookと書物など持って、階上の部屋へ。ここには、私のエボニーもある・・・が、音は出せない。風邪をひどくするのも嫌なので、ぼんやり過ごそうとマックを開けてブラ〜ブラ〜。それに飽きれば、重ね着してお散歩がてら、ビールを買いに出かける。やや日が翳り気味になってきたが、長閑な秋の空気である。風邪なんかにびくついているのもつまらないので、帰宅して再び階上の部屋にて、缶を一本、開けてやる。一杯やりながら、連続ドラマでも綴ってやろうと思いながらも、進まない。階下からは、音が鳴っている・・・昼間なのよね・・・ふふ・・・と言い聞かせながらも、ビールにも酔えないまま。

 やがて、リハーサルは終了したのだろうか? 玄関のドアが開閉する音も聴こえたが、私は書物の世界にいた。・・・そのうちに、階下から響いてくる、大きな笑い声「アハハ〜!」の連続。・・・ルパンとK嬢の大笑いの声である。・・・ああ、終ったのね・・・。

 そう、いつもなら、「終ったの〜?」と言いながら、部屋に入っていく私である。K嬢とは、十年来の知り合いだし、特に遠慮などいらない。・・・が、何故か、今日の私は、階下へ降りて行けなくなってしまった。・・・勿論、嫉妬ているのでは無い。・・・むしろ・・・何だろう、今日に限って、私が入っていったら、あの爆笑は、消えてしまうのではないか・・・と、思えてしまったのね・・・。・・・あの大笑いを、もう少し、続けている時間を彼らに与えてあげたい・・・なんていう、おかしな感覚。

 なので私は、私のような者しか喜ばないような書物の中に、引き続き入り込んでいた。
 そのうちに、K嬢も、帰ってしまったらしい。
 ・・・ご挨拶できなくて、ごめんね、K嬢・・・。

 その後、私は冷蔵庫の中に眠っていた「匂いのモト=餃子の具」を出し、皮に包んでいく。ご飯のスイッチを押す。大根のお味噌汁も、作る。ルパンは、相撲を観ている。

 食事をしながら、「今日、送られてきた写真だよ」と言って、ルパンが私に見せてくれたのは、或るライヴの打ち上げの模様。その中には、女性に囲まれた彼のほろ酔いの写真があって、思わずニヤッとしてしまう。
「・・・ねえ、あなた、私と並んでいる写真で、こんな顔していたこと、無いわね・・・(微笑)・・・」と、声をかける私・・・。

 ああ、そうなのよ・・・ルパンに限ったことでは、ないのかもしれないわ・・・。・・・私の横にいる男性が、リラックスして笑っている写真なんて、今まであったかしら・・・?
 例え私が満願していても、隣の男性は、そういう笑顔ではなかったりするのよ・・・微笑んではいても、弛んではいない・・・そんな感じ・・・。酔っ払って、”テヘッ”っていうような表情、してくれる男性は、いないのかしら?
 ・・・私、爆笑とか、酔っ払った顔、もたらせない女なの???
 ・・・いいえ、私、しょっちゅう爆笑したいし、酔っ払っているのにな・・・。
 私の表情って、どちらかというと、ナメられるくらいポワンとした顔のはずなのに・・・な。

 手作り餃子を、バクバク食べながら、そんなことを思っていた、私。

 が・・・先日、我が家を訪れてくれた青年牧野君・・・。
 彼は、まだ20代だが、クールな一面を持っている。ルパンのギターの塾生なのだが、彼ご自身は、音楽活動も旺盛に行なっているし、若いにもかかわらず、鷹揚であり、かつ、賢く・・・そして、若いに似合わず神妙な紳士的な雰囲気がある。・・・で、私の料理を本当に美味しそうに召上がってくださる。更に、お酒も強いみたいだ。
 彼を交えた晩餐の時は、必ず或るテーマの話題になる。それは、面白く、彼がとても勉強家であることを示してくれる。実は、ややこ難しくも閉鎖的な話題なのだが、私は、好きだ。

 勝手に飛ばし呑みして、床に微睡んでしまったルパンであったが、牧野青年と私は、お開きまで、ほんの少し、しっとりとした会話をした。
 ここに、爆笑は、ない。
 私は、男性の言葉のひとつひとつを顎を引き、目を細めて、聴いていたくなる。

 ふと、気がつくと、牧野青年は、ルパンの座っていた場所に移り、傍に立て掛けてある古のメタリック・グリーンのジャズマスターをつま弾きながら、私に向けて話す。
 その語り方が、静かでいい。私は、若い彼の言葉に、問いかけられているのか、説き伏せられているのか、わからなくなる。
 ギターを抱いた男性のお話を聴く・・・。

 不意に、「男というものは・・・」と、彼は私に言ったわ・・・その様子が、実に労りを込めた口調で、しかし、大袈裟ではない・・・。

「ああ、そういうものなの・・・?」と、私は受けとめてしまう・・・。

 その「男というものは・・・」というこの若い彼の言葉は、世の中の男・・・の気持ちを、私に届けるように、仕組まれている・・・ように感じる。
 
 どうやら、サシで呑んでいると、今や爆笑が、似合わない私なのだろうか?

 が、熱血なら、似合ってもよさそうなものだが。

 
 ニラと私の土曜の午後は、クールに終ってしまった今日。

 クールな居場所・・・それが、ニラと私のおさまるところ。


 本来、哄笑したい、私なのですが・・・。







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16 November

牧歌/In My Own Time


 朝は晴れていたのに、午後2時過ぎから陽射しが翳ってくる。空気も冷たくなり、これが夏だったら、「ああ、ひと雨くるかしら・・・これで少し涼しくなるわ」と思うところだが、この晩秋、大気の状態が不安定・・・になると、「つつましく憂愁したい」なんていう気分になろうとする。

 ・・・日が翳り出す頃、私は家の中でひとりになった。
 私の手が、もどかしそうに、動く・・・乾燥した手・・・まるで、真夏にサイダーを欲しがる子供のように・・・が、今は、秋、それも、冬が近い、秋。
 私の”エボニー”・・・ピアノの前に座る。・・・これが、したかったの・・・白いキーに触れる・・・黒いキーにも、触れる。必ず、バッハから弾く。自分を確かめるように、必ず、バッハの譜面を追う。昔は、苦しかったのに、いいえ、今でも、それは苦しいけれど、この苦しい対面は、挨拶のごとく・・・になってしまった。
 しかし、今日は、その挨拶の後、それほど時間があるわけでも無い。
 ・・・お会いしたら、今日はそうそうに、お別れしなければならないかもしれませんわ・・・私は、悲しい。

 暮れていく秋の午後・・・幼い私は、このような時間帯に、よくピアノを弾いていた。小さな手は、夢を見ていたかも知れない。夢見心地にピアノを弾くのが好きな、手だった。だから、どこかあやふやで、正確性に欠けることも多かった。
 ・・・ブルグミュラーを弾いていたあの頃・・・。
 「牧歌」という曲があったわ・・・キーは、G。
 私は棚から古い楽譜を取り出した。・・・「牧歌」・・・白いキーに指を乗せ、力を抜いて弾いてみる。・・・今では、あっさり初見で弾けるような曲である。・・・昔風に言えば、”バイエル”を卒業した生徒が奏でるあたりの曲集、ブルグミュラー。それを、一生懸命、レッスンしていた頃の私が、愛くるしくなってくる。この「牧歌」という曲の旋律が好きで、何度も何度も弾いた。頭の中にあったのは、単純に、羊飼いが遊ぶ野原である・・・が、その野原に、何かをつけ合わせて行くことを考えながら弾いた、この「牧歌」。絵を描くように、花や昆虫や鳥たち・・・空の色、草の緑と光線の日なたと日陰・・・景色を想うと、音楽に表情がつくられていく・・・この牧場の先には、明らかに崖がある・・・羊飼いは、その崖から羊たちが堕ちたりしないように、監視するのが、お仕事・・・そんなことを考えたりしながら弾いた、「牧歌」。

 ・・・ここは、ノルマンディーの丘だもの・・・。
 すると、玄関のドアが開く音が。
 ・・・ああ、ル・アーブルの街から、帰ってきた人がいるわ・・・。

 私は階下へ降りていき、夕食の準備にとりかかる。ル・アーブルの街から帰ってきた人が、今度は、あの階上の部屋に入る。

 昔むかし、その昔・・・「牧歌」を弾いていた私を遮る夕食の準備という日課が無かった頃・・・私は”晩課(午後6時)”の時刻を過ぎてまで、ひとりピアノに向かっていることもできた。・・・「ご飯ですよ!」と、呼ばれるまで、したいことを、していられた。
「ご飯ですよ!」と、呼ぶ、今の私。返事をして、この”晩課”の時刻まで、自分の時間とスペースを実らせるのは、ル・アーブルから帰った人。

 つまらないことを言ってしまった。

 それでは、ここからは、つまる、話。

 Karen DaltonのCD、『In My Own Time』を聴く。
 素敵だ!
 物凄く、好み!
 フレッド・ニールや、若きボブ・ディランと一緒に歌っている写真などもある女性シンガーだが、声とその歌い回しに、痺れる!・・・声は、最高に、好みだな・・・。良く言えば、B・バルドーを朴訥にしたような顔立、'60年代初頭、グリニッジ・ヴィレッジでバンジョーを弾きながら歌いはじめた彼女。とにかく、歌が良く、このアルバムではエイモス・ギャレットがギターを弾いているにもかかわらず、ギター・ソロが終るのが待ち遠しいくらい!
 ビートニクな彼女は、”人生とは暗いものだ”と言った。
 このアルバムのプロデュースは、Harvey Brooks。・・・だから、ベースがあまり前に出て来ない(笑)。・・・ちょっと、物足りない私だけれど、それも、いいか・・・。

 アルバムの一曲目・・・”Something On Your Mind”の歌詞を少々・・・


  Yesterday anyway you made it was just fine
  So you tum your into night time
  Didn't you know you kept making without ever even trying?
  And something's on your mind, isn't it?
  Let this time show you that you are breaking up your mind
  Leaving all your dreams too behind
  Didn't you see you kept making without ever even trying?
  And something on your mind


 夕刻、遂に、我慢しきれなくなった秋の暗雲から、雷が煌めき、雨が落ちる。

 ノルマンディーの丘から、羊飼いの一行は、去る。

 私は食卓に、今日の料理を乗せ、時を忍ぶことから開放されようとする。

 夜の帳が降ろされる。

 そんな時刻から、聴き入った、Karen Dalton。

 嘘はつきません、素晴らしい彼女を、どうか、聴いて!

 お酒とドラッグさえなかったら、もっと人生を望めたかもしれない彼女・・・だが・・・。

 しかし、お酒とドラッグがあったから、彼女の美が、つくされたのかも・・・ね。


 
 


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