Archive for September 2007

30 September

Dream is...



Dream is the thing with soft feathers in the blue sky...
It's like a pretty tunes...
It's like a breeze...
And now, I am a butterfly...hold the 'passiflora'.
...um...Passion?
...sweetest...I think.
Keep so many hopes.

by Risa




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28 September

ブルーのゴーシュ


 


 バラ色のゴーシュ(不器用さん)が、ブルーのゴーシュになる深夜。
 昼間の生活の中の様々な音が嘘のように、辺りが静まりかえっている。
 秋の虫の音を聴いていたら、お気に入りのガラスたちと向かい合いたくなってしまう。
 切なそうに、引き延ばされる音だが、彼らの姿は見えない。目に見えない使者。
 外は漆黒である。

 ガラスに、灯りを入れる。
 小樽ガラスの『緑の十字架(私が好きでそのように呼んでいる)』と、十年程前に、国立の雑貨屋さんで友人と一緒に購入した『ブルーの傘(これも私が名付けたの、勝手に)』に。
 緑といえば、モーリス・ドニの描いた『緑のキリスト』という絵があるが、これも、私の非常に愛する絵画である。

 食器棚から出してきたのは、シンプルなバカラのグラス。これは、凄く重いグラスである。疲れていたり、ぼんやりしていたら、手から落としてしまいそうに、重たい。が、流石にバカラだけあって、大変、質感があり、丈夫に出来ている。私は、痩せっぽっちだが、このように妙に質感のあるものを好むようなところもある。時計なども、腕が細いくせに、とても大きなものをしたがったり・・・何だろう? ・・・ただ、大袈裟なだけかもしれないけれど・・・。
 好きなものに囲まれていると、ブルーのゴーシュは穏やかである。
 ガラスの向こう側で不規則に揺れているキャンドルの炎は、瞼から緊張を取り去ってくれるわ・・・燃えるブロンド・・・さて、バカラのグラスに、黄金色の飲み物を注ぎましょうか。
 
 香りのガラスもある。小さな天使の瓶の中には、薔薇香水。以前、故篠田昌已氏のお姉様からいただいた香水である。「これは、とてもあなたに似合う香りだと思って・・・」と、彼女は今よりずっと若かった私に或る日、プレゼントしてくれた。私はそれが嬉しくて、この薔薇香水を時々しか使えなかった。そして、この香水、本当にどこにも人工的な香りがしないのである。少しずつ、少しずつ耳の後ろなどにつけていたが、ついに、僅かしか残っていない。

 KITAICHIのオリジナル、ドーム型のものは、これは、一輪挿しに。食卓の脇に、ちょっとアクセントとして置いたりしたものである。

 それから、道楽な代物だが、薄紫色の薔薇が透かしてある、ライターカヴァーとでも言えばよいのだろうか? 百円ライターがスッポリ収まる仕組みになっているガラス製品である。昭和の時代、どこかの応接室のテーブルの上に、シガレット入れと並んで置かれていたような、懐かしさを感じる。これがどうのと言うより、このような無駄とも思われるもの、案外、好きな私・・・である。

 ところで、何故か、我が家にあるバカラのグラスであるが、これは、物としても確かに優れているのを実感するが・・・
 仮に、これを落として割ってしまったとして・・・
 その瞬間の、音、というのも、また、素晴らしいらしい・・・芸術的な音とも、呼ばれているとか・・・。
 どんな音がするのか、聴いてみたい気がするのは、山々だが、実行する気には、なれない。
 高価な物を割ってみるなどということ、誰だって、よほどのことが無い限り、許したくはないわ。

 瞑想の後に、ひどく質感のあるグラスでいただくビールのお味は、いつもより、まろやかなのは、不思議・・・。

 そんな、秋の夜長である。



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26 September

100プラス1


 エラーが発生して、一昨日まで、全く繋がらなかった私のこのPageらしい。

 ところで、急に涼しくなって・・・。
 秋・・・お茶や珈琲が、美味しく感じられる季節・・・昨日のように、涼しい日には、一層、そのような気がする。
 

 24日、或る本を読みながら、思う。
 例えば、或る事を成し遂げるために、100通りの道があったとして。
 ところが、その100の道が、全て、塞がっていそうな気配があると、する。
 さて、それでは、どうするか?

 で・・・このように、考える。

 そうよ、実に、101の道がある、と。
 その101のうちの、1を、狙えば、いい。
 しかも、その100プラス1は、自身が作る道なのだから、信じなくて、どうする?

 ふふっと微笑み・・・これも、秋風の所作かしら?

 白い磁器の中に、緑茶の色が美しい。
 それは曇った光の反射を浴びながら、かつていぶされた我が身を誇っているような、英雄的な色と香り、味を自らたたえているわ・・・。

 器の中に、茶柱を見るようなお茶では、ない。
 これは、大変、きめ細かい、茶葉である。

 
 25日、ところが、微熱があるような体調・・・おや、おや・・・。
 朝食には、パンケーキを焼く。カナダ産のメイプル・シロップをかけて。

 過ごしやすい秋晴れ・・・今日は、休養とする私・・・何かを急ぐ必要もない、と。
 しかし、我が家の低い塀の向こう側に広がる植え込みには、雑草を刈る、職人さんの姿がある。

 漂う草の匂い、亡骸となる前の悶えのように、強烈に、深遠な呼吸を発しているわ・・・。
 ・・・私、感じているわよ・・・あなたたちの、息の波を。
 ・・・不安な様子で、夢を見ているのね・・・。
 ・・・今日、この瞬間に、成す術もなく、凍えた場所に移動するかもしれないあなたたち。
 ・・・でも、きっと、再び、生まれかわるのね・・・。

 100プラス1の道・・・100分の1ではなく、101分の1。

 そういうことを考えさせる、秋が、好きである。





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22 September

テンペスト


 9月21日、まるで夏日である。
 昼下がりから、ベートーヴェンの『テンペスト』第一楽章を弾く。
 この曲を最初に弾いたのは、十代の頃だったが、懐かしさとともに、いつまでも自分の裡では未完のまま弾き続けている・・・それも、愛おしい・・・。
 好きなのだ、この曲が。特に、第一楽章が。旋律的なのは、第三楽章だろう・・・しかし、私はこの、”嵐”の前触れから始まる第一楽章の曲の風景に、気持ちが占拠される・・・いつも、いつも。
 この『テンペスト』は、誰かが演奏している音を聴くより、自分が弾くことに、”好き”を感じたい曲なのである。

 ベートーヴェンに申し訳ない気持ち一杯で、弾いている。いや、これは、『テンペスト』に限らず、敬意を感じればこそ、どの楽曲を弾いても同じ気持ちだが・・・二十代の頃、この曲を人に指導したことさえあった私なのだが、今、思うと、気恥ずかしくなるくらいである。・・・どう演奏すればとても素晴らしいか・・・それが、理解できているにもかかわらず、自分がそのように表現しきれないことが、悔しいのね・・・「へたくそ!」と、小声で呟きながら、ピアノに向かう。「指!」と、叱咤しながら、唇を噛む。・・・勿論、このようなことは、自分自身にしか、言わないが・・・愚かな自問自答である。
 それでも、私は、若い頃より今の方がずっと心得て・・・いる・・・そう・・・心得ているわ・・・よかった・・・きっと、一生、弾き続けても飽きないわ・・・一生好きだから、急ぐことも、ないわ。

 曲の始まりで、目を閉じ、深呼吸し、ピアニシモから始まる嵐の前の静けさを胸の中にぎゅっと潜ませるわ・・・もう少し・・・もう少し・・・待つと・・・やって来るわ・・・足音を忍ばせて・・・そっと風が吹いてきて・・・それは、訪れる・・・気がつくと、それはもう、そこまで来ていて、扉をけたたましく、叩く。たたみかけるように八分を連ね、雨を呼ぶわ・・・私の音は、歪んでいる・・・駄目なのよ、本当は、歪んだら・・・でも、そんな音を、今、出したいのね・・・ほら、扉の外には、馬がいて、大きく鳴くかもしれない・・・馬? ・・・それは、私の馬かしら? ・・・いいえ、それは、テンペストが乗ってきた馬よ・・・彼は外にいる・・・全てを壊してしまおうと、やって来た・・・扉を挟んだこちら側と向こう側で、綱引きのような対話のシーンが始まるわ・・・やがて、一度、その嵐は静まり、次のステージにかわる・・・。

 たった数分の旋律の流れの中に、どれほどのドラマがあるかしら?
 それは、駆け抜けて、彷徨い、暗い夜空に吸い込まれるように過ぎ去っていく時間。
 音楽は、時間芸術、空間芸術。
 この『テンペスト』は、私の意識を逸らすことをさせない楽曲のひとつなの・・・散漫になりそうだったり、内に籠りそうになった時、この激しいドラマが、私をかえって集中させるわ・・・可笑しいでしょ?・・・嵐なのに、そこに突入しようとしているの・・・まるで、台風の最中に、その”目”を狙っていくようにね。

 二階のお部屋の窓の外、晴れた空を見上げることができる・・・風は強くなってきて・・・すっかり成長しているオリーヴの枝の葉が、銀色がかった緑色で踊っているわ。
 そんな外の光景を、しばし眺めやりながら、嵐に心を奪われる。

 
 ・・・ピアノから離れたら・・・嵐の後の安らかな時間が訪れ・・・

 外は暗くなり・・・

 そこから先は、魔法を扱おうとするものたちが、テンペストに代わり、地上のどこかで、口笛を吹くのだわ・・・・・・たぶん・・・・・・。




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21 September

My Lagan Love


 今日の気分・・・ぐったり。
 あまり、こういうこと、漏らしたくないのだけれど。
 Macも、何故か止まってばかり・・・虹男みたいに、クルクル・・・。
 そういうこと、今までなかったことが不思議と言う方もいらっしゃるでしょうけれど・・・私、住宅運とマシン(車も含むわよ・・・無駄に壊しちゃった人も、いたけど・・・)運は、良かった・・・の・・・。

 でも、ぐったりの理由、本当は、そんなことではないの。
 25時も過ぎた頃、ちょっと残念なことをうかがって・・・それで・・・なのかしらね。

 
 どうしたのかしら・・・コスモスの花がたくさん咲いている光景が、みたくなる。

 それから、だ〜れもいない、温泉のお湯に浸かりながら、湯気に囲まれて歌いたい・・・。

 歌うのは、”My Lagan Love"よ!

 お湯からあがったら、カードをやりたい。
 
 出来れば近くに森か林があって、早起きしてお散歩・・・お宿に戻ったら、お湯に潜る。

 今度は、窓辺で、”My Lagan Love”を、ソフト・ヴォイチェで口ずさむ。

 私のいる居間の床は、程よく乾いていて、スベスベ。
 外はやや蒸し暑いみたいだけれど。

 温めたミルクに軽井沢の向日葵の蜜を少しだけ入れて、飲みたくなった今宵。

 ママンの幼い頃のお話を聞きながら眠った、あの子供の頃に似た、優しい眠りに、近い眠り・・・。

 
 Golden slumbers kiss your eyes・・・




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