Archive for 21 January 2009

21 January

mother should know...



 母が今日、私に言った。

「あなたは私の癒しであってほしい」と。

 
 その私は、果たしてこれまで母を癒したことなど、あっただろうか?
 いつも彼女を混乱させ、心配させ、そして、四つに組むようなことさえあった。私は少しも良い娘ではなかった。
 確かに、本当に幼く無垢だった頃の私は、例えば、眠る前のひと時や無闇に甘えたりして、可愛い娘として母の心を癒したこともあったかもしれない。が、成長するにつれ、私は彼女を悩ませつづけてきただろう。
 私は母の幸せでありたいと願いながらも、跳ねっ返りだったり、ドライであったり、手に負えない娘として彼女の心を苦しめてきたのではないだろうか。

 母は、私よりよほど勇気を持って、人生を生きてきた。彼女は時に厳しく、それでいて、情に脆く、明るい人である。気が強いが、人前では控え目にしていたり、立場というものを敏感に意識する人でもある。私は彼女にどれだけ感謝したかしれない。が、それは、あまり母に伝わっていないかもしれない。何故なら、先にも書いたように、私はとても、ドライ、だから。

 私は母と離れることがそう遠くないと小さい頃から感じながら暮らしていた。それはその予想通りとなり、私は恩を返すこともできず、今日まで生きた。場所という意味で離れただけではない。人間としての距離も少なからずあるかもしれない。しかし、そこは親子なので、母は私が何を見て、何を考えているか、解るのである。だから彼女は私に寄り添っていてくれた。私の成長の方向を理解し、道を許し、見守ってくれた。

 母は彼女の母、つまり私の祖母とは、ずっと近くで暮らしていた。そのため、彼女は祖母が死ぬまで頻繁に祖母と会話し、向かい合いながら生活していた。意見の違いや、考え方の違い、世代の違いで、ぶつかることもあったようだが、それでも、常に母にとっての母親は近くにいた。ところが、その母の娘である私は、もう随分前に彼女のもとを離れてしまっている。以前、母が私にこのようなことを漏らしたことがある。「あなたは私と離れて暮らした時間が長いから、いい。あなたはきっと、私が死んでも、私ほど悲しまないでしょう。私は母親とずっと近くにいたから、あなたのおばあちゃんが亡くなった時、ひどい喪失感に襲われた」と。

 私はその母の言葉に内心ひどく反発した。「距離が何だろう?」と。
 だが、私は黙っていた。ここで彼女に、そのようなことを言っても理解してもらえないのではないかと思ったからである。
 ・・・本当は、私はしょっちゅう、あなたのことを想っている。そして、あなたの匂い、あなたの声・・・あなたが幼い私に歌ってくれた声、あなたが眠らない私に物語を読んでくれた声、朝、私を起こすために名前を呼んでくれた声・・・その声を、いつも懐かしんでいるのに・・・私はそんなに冷たい娘ではないのよ、あなたが恋しくて、泣いたことも何度もある・・・あなたに会いたい・・・あなたとまた、旅がしたい・・・あなたの胸に飛び込んで大泣きしたい・・・あなたと笑いたい・・・。


 母の人生において、母が知らないことがひとつだけある。

 それは、親密とは、必ずしも、近くにいることではない、ということ。
 離れているからこそ、実感する・・・いいえ、実感させられる親密というものが、ある、ということ。


 思春期、私は父の科白に随分影響を受けて育った。
 父は名言を発したことが多かった。それは、若々しく、父親であるにもかかわらず、誰か別のロマンティストな男性が語るような響きを持って、私の心を動かした。

 ところが、最近では母のちょっとした科白に深く感じ入ることの方が多い私である。
 それは、ほとんど電話での会話の中で聞こえてくる短い言葉である。
 そう、彼女は一昨年前あたりには、このようなことを言って、私を落ち着かせてくれた・・・

「あなたの人生を信じているわ」

 まるで、シスターのような、凛とした音で、彼女は私に言った。
 その声は、祖母の声に、よく似ていた。


 mama's little girl・・・よ・・・しかし、ママンは私の言葉が難しいとも言うわ・・・

 ここからは、私というひとりの存在が言う。
 
 ・・・私は想像する時、あなたの可愛い娘であることはできないのかもしれない。それは、セイレーンの声のように、人を惑わすような<力>を持つ必要があるからなの。音楽を私に与えてくれたのは、ママン、あなた。その音楽のように、歌うように、言葉を表そうとしたら、それは解りやすく、近づきやすいものとは、限らない。私に音楽を与えてしまったおかげで、ママン、あなたは、私を遠くにやってしまった・・・もしも、私がこれほど音楽を愛し、つづけようと思わなかったら、私はもっと、あなたの身近にいられたかもしれないわ・・・でも、もう、遅い。私は歌うように語るために、人間とは別の何かに時々ならなければ気がすまないような女になってしまったの。
 その結果・・・
 暖かい部屋か、冷たい荒野か・・・私は、後者を選んでしまったわ。
 ごめんなさい。
 でも、私は、この人生において、あなた以上の女性を知らない。


 私はあなたという非常に人間的な女性の腹から産まれたにもかかわらず、出来損ないの魔女のような者になってしまった。 


 どんなに離れていても、私はあなたの"little girl"だわ。






03:00:29 | mom | No comments | TrackBacks