Archive for 08 March 2009

08 March

fairy tale



 


 数日前、ベッドにもぐり込んで、私はすぐに眠ってしまおうと思って目を閉じた。
 手が冷たいの・・・だから、本も読まない。枕はふかふかで、私は頭を埋めていた。
 ところが自然に目が開いてしまって、その視線の先を見ると、壁にかけられた白いロザリオがゆらゆらと揺れている。このロザリオは思い出の品である。
 どうして揺れたのかしら? それはきっと、私が勢いよくベッドにもぐり込んだ時に立てた風が、そうしたのでしょう。でも、お馬鹿さんな私はそのことに気づかず、もしや、神様が愚かな私に会いにきてくれたのではないかと信じ込み、ずっとその揺れるロザリオを見つめていた・・・いいえ、サクラメントは、ないわ、私に、だって・・・・・・だから・・・
 これは催眠術かもしれないと考え、私は揺れに合わせて目を泳がせていたのだけれど、一向に眠くならない。そう、私は信心深くないから、暗示にかからない、私は愚か者だけれど、うつつをぬかさない、おいそれと心を奪われないために、私は場合によっては、真実を眩ます。
 それでも、やまない揺れ。私か、ロザリオか、どちらが先に、静止するか。
 私が勝った。
 私はこのささやかな勝利を見たら、安心して眠ることができた。


 それは、今日。
 私は吉祥座で床の上にいた。目を閉じて、背筋を伸ばして、柔らかい服装の私は、柔らかい躯を愉しんだ。
 向かえ打つものがないという心地は、誰の目からも遠ざかっているようで、私が座禅しながら視ている光景は、白く弱く輝く柔和な生地のようで、悪戯好きの私がその生地に何か落書きしようとしても、描けない。
 こうしている私の隣に座る者はいないし、私の目の前に対座する者もいない。
 私は何故か、これが進化の現象のような気がして、目を開きたくなるのだけれど、もう少し、このままでいようと思った。
 午前中の家の中での仕事の後始末をするまでの時間、私は全てを柔らかくして、自分を更新したかった。


 4時半を知らせる合図が聴こえる。
 これは、一日のうちの3度目の復活の時刻だ。この後の30分の間に、私は一旦、外の空気を味わい、躯を動かし、その後の時間割に備える。
 今日は土曜日だが、私が、ここに居る時は、その遣り方は日々、変化しない。

 空を眺める。
 そんな色ではないので、薄いラピスラズリの蒼をひと塗りしてやる。
 もう、曇っていて、晴れたはずの夕刻の空は、表情を変え、私はこれがどこかに潜む神の手の仕業だと思う。
 私にしか視えない私の蒼を、私は乾いた洗濯物と一緒に、家の中に引きずり込む。

 全てを箪笥に仕舞い込み、階上の鎧戸も閉めてやる。
 だが、階下では硝子戸のこちら側とあちら側で、仲良く夜の冷気が押し寄せてくるまで、待っている・・・忍耐強く、待っている。
 それは、春になったから。
 春の硝子戸は、仲人のようなものなの。
 

 柔らかい衣服に包まれた私は、柔らかい躯で、柔らかいものを、適量食べた。
 そうすると、行きたい場所が視えてきた。


 明日は、失踪しよう、と、考えつく。


 ただの失踪よ。
 宇宙に設置されたあやかしの目になら、私の居場所が確認されるのは、当たり前、向かう場所を告げないことを、失踪というのだから、あなた、許しておくれ。
 尋ね人になるわけでもなし・・・「アガサ、愛の失踪」という映画があったでしょう? 彼女は秘密裏に動き、その失踪も僅か、そうね、あのヴァネッサ・レッドグレーブは、ステキだったじゃない?

 車は、ガレージで走りたがっているかもしれなくてね。
 
 ですけど、私は、アガサではないの、私は柔らかく軽い者。

 ただ、それだけで、飛んでいける。


 あなたは、私の失踪に困惑しないでしょう。


 入手できる情報は、たくさんある。
 そして、何より、あなたは私の好きな場所を、ご存知なのですもの!


 自由とは、朧げなる幻想。


 それは、広大な、精神の庭。


 百合の球根は地下に眠り、お任せの花をさかせる。



 LOVE & LIGHT





03:04:47 | mom | No comments | TrackBacks